「たっちゃーん」
俺より前を駆ける君は何時も綺麗で眩しかった。
「待ってよ!たっちゃん」
幾ら急いだって追いつけない。
「遅いよ、タク」
でも必ず待っていてくれる。
「たっちゃんが早過ぎるんだよ」
「そんな事無い」
「………」
「タク?」
「じゃ、今度からたっちゃんが俺を引っ張って走ってよ。そしたら、何時でも一緒だよ?」
「ん、分かった」
そう言って俺の手を掴み、また駆け出す。
その手はとても温かく、傍にいるんだと実感出来た。
俺はずっと君と一緒に居る、そう思った。
「たっちゃん……」
武蔵森のテストで久々に彼を見かけた。
一緒の学校に行ける!そう思うと嬉しくて堪らなくなった。
でも、彼はそうでは無かった。
俺にも気付かず、いや、気付いていたかも知れないけど……、視線を合わす事無く出ていった。
「たっちゃん……」
もう一度呟いた言葉は誰にも聞こえず、消えていった。
「久しぶりだな、笠井」
久しぶりに聞いた声は、幼い頃に比べ幾分かは低くなっていたが直ぐに分かった。
「たっ……水野」
彼が俺を笠井と呼ぶ以上、俺も彼を水野と呼ぶ事しか出来なかった。
「いい試合だったな」
俺がそう言うと彼は小さく微笑んだ。
「あぁ」
右手を差し出してくる。
「………」
彼は左利きの筈だ。
全く妙な所で優しいというか、気を使うのは昔と変わっていない。
「たっちゃん格好良くなったね……」
手を掴んだ瞬間に思っていた言葉が口に出た。
「なっ」
顔を見ると少し赤くなっていた。
そういう所も変わってない。
「かさ………タクだって格好良くなった、見違えた」
照れたようにボソッと言う彼が可愛く見えた。
「今度電話しても良い?」
強く手を握りながらそう言う。
「あぁ、もちろん」
笑った顔も、その手の温もりも、遠いあの日のままだった。
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2007.5.29